2006年07月20日

靖国A 犬死にではない

「このままでは犬死にだ」といった言葉がよく使われていた。
「君の死は無駄ではなかった」−−息子の死に意味を与えたい、そのためには「国のための死」と認めさせたいとの思いが、運動の大きな動機になっていた。

 「戦争のため懸命に勉強していての死だった」と政府や国会議員、靖国への陳情を繰り返した。
1967年に国から見舞金7万円と靖国合祀が決定し、70年には看護学生にも同様の措置が広がった。
73年に遺族給付金が、さらに76年には死亡学生に勲8等瑞宝章が送られた。            
          ‥‥(中略)‥‥
靖国を否定する考えは一部の宗教者や知識人には力を持ったが、、草の根レベルに広がることはなかった。
遺族たちも個々には様々な考えを持っていたが、遺族会としてまとまると、迷うことなく靖国に結集した。


           ネット社会、その光と影を追うー

 
posted by asaborake at 22:59| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(2) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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