2006年06月06日

戦争は総括できたのかC

‥‥戦後のある時点で、日本自らが指導者を裁くことは可能でしたか。
もっと日本に許された時間があり、すぐれた指導者がいれば、戦争責任の問題に取り組み、戦死者を悼むこととナショナリズムを区分できたかも知れません。                                                                                                                                                             しかし、現実には、急速に進んだ米ソ冷戦が環境を変えたのです。

東京裁判が終わった1948年に、米国の関心は日本を罰することから共産主義にどう対抗するかということに移っていました。
東条英機は、裁判の後半には『日本を共産主義から守るために戦った』という趣旨を言っています。
ちょうど米国人がそのころ主張していたことと同じです。
posted by asaborake at 20:41| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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