東京裁判のおかげで、裁判をやらなければ破壊されたであろう日本政府の記録が押収され、公開されました。
きちんとした歴史の記録が残ったのです。
また、なかには日本の指導者を捕まえ銃殺にしろという意見もありましたが、法の支配を重んじた結果、裁判を開くことになりました。
A級戦犯一人ひとりに弁護人が付きました。
裁判が2年半にわたった理由の一つは、弁護側に反論の時間を与えたということもあるのです。
‥‥評価できない点は
裁判が『勝者の裁き』であったのは事実です。
日本もドイツも、空襲で民間人を殺した罪を問われませんでした。
それは、連合国側も空襲をしていたからです。
また、米国の原爆投下は裁かれませんでした。
歴史事実の問題でいえば、判決が認定した1928年日本の指導者が戦争の共同謀議をしていたという説を受け入れる歴史家はいません。法律論では、『平和に対する罪』は、戦争が終わったときには存在していませんでした。
法律学でいう事後法にあたります。

