2006年03月05日

公の私化@

歴史的には、政教分離はキリスト教文化圏で生まれた。
宗教権力が世俗権力よりも優位だった欧州社会とは異なり、日本では世俗の政治権力が宗教を利用した歴史を持つ。
とりわけ、戦争遂行と士気高揚という世俗目的のために国家神道が動員された反省に立ち、日本国憲法で政教分離規定が定められた。
                 (中 略)
最高権力者が自らの意のままに振る舞うために心の自由」を持ち出す一方で、良心に照らして個人がしたくないことを無理にさせるという強制が現実に起きている。
入学式や卒業式での国旗掲揚や国歌斉唱をめぐり、「起立できない」「君が代を歌えない」として起立しなかった教師の「心の自由」が子供たちの目の前で押しつぶされている。
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朝日新聞 『靖国参拝は「心の問題」か』 のうち 憲法学者・樋口陽一氏の文から    
          こちらもどうぞ⇒ネット社会、その光と闇を追うー
posted by asaborake at 19:04| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
東京都の教育委員が「内心の自由は有るが行動すれば、それは外心で有り、認められない」と発言しています。
判りやすく例えると「マリア様を踏みつければ、キリシタンでも許す」、と言う事でしょうか。
この様に江戸時代と同様の人権意識しかない人達が教育を司るとは,恐ろしい限りです。
Posted by 布引洋 at 2006年03月07日 19:06
集合住宅へ反戦ビラ配布をする人を警察が逮捕する事件が続出しています。
裁判で検察官は『思想、信条の自由はあるが、大声で言い募る自由はない」と発言。
最高権力者と違う思想を持つ人々は、隠れキリシタンみたいに暮らす様強制される社会。
民主主義は確実に退行しています。
Posted by 布引洋 at 2006年03月08日 09:02
そうですね。
小泉劇場政権に喝采を叫ぶ国民を眺めていると、わが国の民度を疑いたくもなります。
Posted by 大滝三千夫 at 2006年03月09日 21:31
1943年アメリカ合衆国最高裁で国歌の強制を、違憲とする判決が出ています。
戦時の米国でも違憲なのに、平時の日本で強制するとは、
石原慎太郎は何を考えているのでしょうか。
Posted by 布引洋 at 2006年04月28日 11:23
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