2006年01月28日

余白と行間、そこには犠牲の蜜が流れている  ・ジャン・コクトー

choplin.bmpチャプリンの印象的な言葉をコクトーが書き留めている。
彼は映画を撮り終えると「樹を揺さぶって果実を落としておく」。
いらない場面を容赦なく切り捨てていく。
枝にしっかり付いているものしか残しておくべきではないと。
                     (『ぼく自身あるいは困難な存在』ちくま学芸文庫)
削り落としていくことの大切さは詩人も身にしみて感じていた。
詩人は、作曲家ストラビンスキーに捧げた小説で
「ありえたかもしれないもの、省略されたものの、神秘な美しい重みを君は知っているか?余白と空間、そこには犠牲の蜜が流れている」と表現した。
                                 (『ポトマック』求龍堂) 
チャプリンの「落とした果実」がコクトーの「犠牲の蜜」にあたるだろう。
削り取られた果実や蜜が甘ければ甘いほど、残った映像や文章は芳醇さをたたえている。



posted by asaborake at 18:58| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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