2006年07月20日

靖国A 犬死にではない

「このままでは犬死にだ」といった言葉がよく使われていた。
「君の死は無駄ではなかった」−−息子の死に意味を与えたい、そのためには「国のための死」と認めさせたいとの思いが、運動の大きな動機になっていた。

 「戦争のため懸命に勉強していての死だった」と政府や国会議員、靖国への陳情を繰り返した。
1967年に国から見舞金7万円と靖国合祀が決定し、70年には看護学生にも同様の措置が広がった。
73年に遺族給付金が、さらに76年には死亡学生に勲8等瑞宝章が送られた。            
          ‥‥(中略)‥‥
靖国を否定する考えは一部の宗教者や知識人には力を持ったが、、草の根レベルに広がることはなかった。
遺族たちも個々には様々な考えを持っていたが、遺族会としてまとまると、迷うことなく靖国に結集した。


           ネット社会、その光と影を追うー

 
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2006年07月16日

靖国@ 国のための死

−−死に意味を与えたい遺族

亡くなった学生(長崎医科大生)を靖国に祀って欲しいとの遺族たちの運動は、1962年に本格化する。
靖国への合祀は、国が「公務中の死」と認定するとその名簿をもとに行う仕組み。
工場に動員された学生は、すでに準軍属として合祀されていた。

国が認めると遺族への補償が出るので、経済的側面もある運動だったが、、資料を読み進めるうちに遺族の願いが、それにとどまらないことに気づいた。

遺族会の会報には亡くなった子供たちへの思いがあふれていた。何年たっても不条理な死には納得できない。
 

        朝日新聞 連続インタビュー『歴史認識』 西村 明氏

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2006年07月12日

靖国問題は米国に犠牲を迫る

A級戦犯が合祀されている靖国は、日本が戦争責任を認めたがらないことの表明となってきた。日米間では過去の罪を許し忘れるということでほぼ一致はしているが、アジアの国々は違う。靖国問題はアジアにおける手に負えない感情を一層悪化させている。

米国は、靖国論争にはかかわってこなかった。だが、それは米下院外交委員会のハイド委員長が、ハスタート下院議長に書簡を出すまでのことだ。
最近明らかにされたこの書簡で、ハイド氏は、小泉首相に米議会での演説を認めれば、、日本軍の真珠湾攻撃直後に故ルーズベルト大統領が「屈辱の日」という言葉で対日非難演説を行った同じ議場を汚すことになると指摘した。                        

靖国は、米国に重大な犠牲を迫る問題である。                                                    
 
第1に、日米は政治・軍事・経済面で極めて緊密なパートナー関係にあるがゆえに、米国は日本と中国の間の論争に重大な利害を有している。                                                                  ワシントンは日本の行動が、中国の思惑に影響を与えると信じている。                                   日本は米国の太平洋戦略の要だが、その日本の行動は米戦略にマイナスにも作用する。                       米国は、大事な対中関係を日中間の政治的仲たがいのリスクに晒すわけにはいかない。

第2に、日米は強固な同盟関係を築くことで過去を乗り越えてきたが、、中国とも同様の道を探るべきだ。
強力な日本と台頭する中国が関係を悪化させないことは、米国の戦略的利害からも重要である。

3番目は、靖国問題が日米間の直接的な争いのもと/になるという点だ。                                 A級戦犯の靖国合祀は、日本の時代錯誤な政治勢力層を代表している。                                最近改修された靖国神社の戦争博物館「遊就館」は、第2次大戦における日本の政治・道義的な正当性を主張する。
狡猾なルーズベルトが米国の戦略的利益から日本を戦争に誘い込んだのであり、、戦争は日本の自己防衛だったというわけだ。                                                                         歴史の愚かな書き換えは、米国に対する直接的な朝鮮である。
 
第4点がたぶん最も重要だが、靖国問題は日本の国際的評判をひどく傷つけている点だ。                                                           戦後の日本は、自国の道義的地位の回復に努め、勤勉さと平和的貢献でアジアの安定に寄与してきた。

米国は日本の同義的な回復を基盤に太い関係を結んできたが、靖国史観は日本が戦後営々と築き上げた同義的優越性を台無しにしてしまう。
日本の道義的後退は中国を利するだけでなく、日本と価値観と利害を共有する米国にもマイナスに働く。

    
               ・ボール・ジアラ 米元国防総省日本部長 

      ネット社会、その光と影を追うー

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2006年06月17日

村上ファンドは出る杭だった?

「守旧派の逆襲」「出る杭は打たれる国」−−。 
村上ファンドの村上世彰逮捕を伝える欧米メディアの論調は冷ややかだ。 
古い日本の復活とはやしたがる気持ちも分かるが、本当にそうか。

世間の脚光を浴びた一握りのヒルズ族。
その陰で、無数の小さな杭があちこちで姿を現しつつある。

大勢に従うことが幸せにつながる時代はもう戻ってこないことに人々は気づき始めた。
その波は止められまい。
人と違うことをする者を胡散臭いと思う「文化」は確かにある。
一方、古い概念にとらわれずに物を見極めるのも日本文化。
本物の「出る杭」は残るはずだ。
                                           日本経済新聞 6/16  夕刊  『波音』「がんばらやんばい‥‥」、「がんばらやんばい‥‥」。
新郎であるわたしの前に膝を進められた先生は、目を潤ませながら、わたしの手を強く握り締められた。

熱いものが内部からこみ上げ、わたしは素直な気持ちで、涙が頬を伝うのに任せていた。


13年前、結婚式の披露宴のことである。わたしは新婦とともに、やや緊張して居ずまいを正していた。

酒もほどよく入り、それぞれのグループでは話が弾みだしていた。
そうした中を、旧海軍兵学校出身で、重厚な風貌の先生の低く震えた声が、部屋に響いた。ハッとしたように座が静まり返った。

娘をもつ今になって振り返ると冷や汗ものだが、わたしにはそのとき職がなかった。
大学を出てから1度も定職に就かず、国内やヨーロッパ諸国を歩き回っていた。

生活のための就職活動を、心のどこかで物乞いのように思っていた。
できれば一生、旅を続けたかった。
わたしには、社会人として根本的に欠落している部分があるようだ。

新婦には仕事があった。
彼女の両親や兄弟また親戚の方々は、どんな気持ちだったろう。

いい加減な男に引っ掛かったものだと、苦々しい思いをされた向きもあったに違いない。

かわいい孫娘の、あるいは姪の、取り返しのつかない身の不幸を嘆かれた方もあったろう。
ただ、義父からは、「よろしくお願いします」と頭を下げられた。

先生は祝辞の中で、わたしという人間を、今の社会にうまく適応できないがけっして不真面目でもなければ、怠惰な人物でもない旨のことを力説して下さった。
わたしを受け入れるだけの度量が社会にないから、わたしが不遇をかこっている意味のこともおっしゃった。

「先生、それちょっと違いますよ」と内心思い、無性に照れくさかった。
だが、やはり、うれしかった。

先生は、新婦方の出席者に対して、「どうか、心配しないで下さい。大滝は不器用なだけで、けっして変な男ではありません。信じてやって下さい」と精一杯の弁護をして下さったのかもしれない。

わたしの両親は、先生のこの思いの深い言葉に、どれほど救われたことだろう。
 
そんな先生に、わたしはずっと不義理を重ねてきた。
東京、それから埼玉の川口に出てから20年近くになるが、わたしは冠婚葬祭のほか、めったに郷里に帰ることはなかったのである。
正月とお盆も例外ではなかった。

あの披露宴の後、わたしは先生に何度お目にかかっているのだろう。

お会いしなくても、わたしはどこか安心していた。
思慕の念は間違いなく、先生に伝わっていると疑わなかったのだ。
にっこり笑って許して下さっていると勝手に想像していたのだ。


先生は高校時代の恩師であり、心の拠りどころであった。
悲報を耳にしたあとも、先生が亡くなられたなんて信じていない。

今でも、わたしの心の中に住んでいらっしゃるからだ。
これからもずっと不肖の教え子を、温かく見守っていて下さる。
そう、信じている。

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2006年06月11日

フランシス・フクヤマ

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[タイトル] America at the Crossroads: Democracy, Power, And the Neoconservative Legacy
[著者] Francis Fukuyama
[種類] ハ..
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花王(尾崎元規社長)ヒューマンヘルスケア研究センターと鶴見大学歯学部眼科学講座・後藤英樹准教授は8月31日、VDT(Visual Display Terminal)作業で目が疲労するとピント調節力が低下することを明らかにした。また、約40度の蒸しタオルで目を温めると、こうしたピント調節力の低下やドライアイが改善することを科学的に実証した。  パソコンを長時間使用するVDT作業を主業務(1日あたり約6時間従事)とする16人を対象に、疲れ目の程度をピント調節力で評価した。その結果、VDT作業によってピント調節力が低下する傾向があると分かった。さらに、休日明け初日の月曜日と週末の金曜日を比較すると、5日間で顕著にピント調節力が低下していた。
 同じ被験者に対し、VDT作業終了後に蒸しタオルで目を温めるという方法がどのような影響を及ぼすかを検討した。その結果、心地よいと感じる約40度の蒸しタオルを目にあてて、3分間(蒸しタオル1本を使用)、もしくは約10分間(蒸しタオル5本を連続使用)温めることで、VDT作業で低下したピント調節力が回復することが明らかになった。また、蒸しタオル使用後の感想を調べたところ、3分間に比べ、10分間と長く温めた方が効果を実感する人が多いことが分かった。
 また、ドライアイと診断される27人を対象に、蒸しタオルで目を温めたときのドライアイ改善効果を調べた。その結果、約40度で3分間温めた場合、改善率は5%程度だったが、10分間温めた場合は36%の改善が認められた。
 こうした実験結果から、VDT作業で目を酷使している実態が明らかになったとともに、疲れ目やドライアイのケアとして、家庭でもできる「蒸しタオルで目を温めること」が有効であることを確認した。実験結果は、07年10月11-14日に京都で開催する日本臨床眼科学会で発表する。
記事提供:WebBCN (BCN)
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戦争は総括できたのかE

‥‥あの戦争を自衛戦争だったと正当化する意見もありますが、それは東京裁判を受け入れた上に成り立つ戦後の日米体制と矛盾しませんか。
現在の米国は、保守派が非常に強くなって、ナショナリスティックな国になっています。                                   ブッシュ政権はそういう性格が色濃いと思います。                                                              米国の保守派は、日本に憲法9条を改正して、もっと軍事的な役割を果たして欲しいと考えている。

その意味では、日本の保守派と目標を共有しています。

それを進める一つの方法が、日本の戦争責任や過去の問題をあいまいにして、日本国内の軍国主義批判を弱めることなのではないでしょうか。
戦争の記憶が薄まることは、双方の保守の利益になるというわけです。ブッシュ政権は、、日本が軍事的役割の増大に応じる限り、首相の靖国参拝には異議を唱えないということではないでしょうか。

posted by asaborake at 10:40| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月10日

戦争は総括できたのかD

‥‥東京裁判が国際法を発展させたとも言いますが、米国はその後、その肝心の国際法を尊重する行動を取っていません。
今のブッシュ政権には、国際法や国際裁判に対する関心も尊敬も感じません。                                        捕虜虐待で連合軍は日本の将兵をBC級戦犯で裁き、多くの日本の人が死刑に処せられました。                            

イラクで同じことを今度は米軍がやっています。                                                            米国は、自らが主張した理念を裏切っているのです。                                                        これまた二重基準です。                                                                          しかも、日本政府は、そうした米国の行動を批判しようとはしません。
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2006年06月06日

戦争は総括できたのかC

‥‥戦後のある時点で、日本自らが指導者を裁くことは可能でしたか。
もっと日本に許された時間があり、すぐれた指導者がいれば、戦争責任の問題に取り組み、戦死者を悼むこととナショナリズムを区分できたかも知れません。                                                                                                                                                             しかし、現実には、急速に進んだ米ソ冷戦が環境を変えたのです。

東京裁判が終わった1948年に、米国の関心は日本を罰することから共産主義にどう対抗するかということに移っていました。
東条英機は、裁判の後半には『日本を共産主義から守るために戦った』という趣旨を言っています。
ちょうど米国人がそのころ主張していたことと同じです。
posted by asaborake at 20:41| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月04日

昭和史 半藤 一利

昭和史 1926-1945昭和史 1926-1945
販売元 : Amazon.co.jp 本
価格 :
[タイトル] 昭和史 1926-1945
[著者] 半藤 一利
[種類] 単行本
[発売日] 2004-02-11
[出版社] 平凡社

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posted by asaborake at 12:24| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

戦争は総括できたのかB

裁判は多くの欠点を抱えています。
一方、日本がアジアを侵略したことは事実です。
日本はアジア諸国に膨大な被害を与えました。
裁判に欠点があるからといって、日本の指導者がその責任を逃れられるワケではないのです。

‥‥裁判の欠陥は、日本の過去を正当化する理由にはならないということですね。
戦争責任は、東京裁判の問題よりも、もっと大きな問題なのです。
しかし、東京裁判の問題は、そうした責任をあいまいにしてしまったことです。
米国は占領を円滑にするために昭和天皇を利用しようとして、訴追しなかった
当時の日本の保守派の間ですら、天皇免責はおかしいとする意見がありました。
天皇の名の下に行われた戦争で、天皇が免責されたら、戦争責任をどう考えたらいいのか分からなくなります。 
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posted by asaborake at 11:57| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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